トップページ>口の育児相談

口を健やかに育てるために

はじめに

1980年代頃、かめない、飲み込めない子どもが社会問題となったが、近年では食事に関する様々な問題が噴出してきている。当院では口唇口蓋裂児を乳児から管理し、哺乳、離乳、食生活指導を行っている。その原因を、咀嚼器官の発達を元に乳幼児期の食生活から考えてみたい。

咀嚼器官の発達とは

咀嚼器官は運動器官であるので、運動器として発達を考える必要がある。運動器の発達は筋肉を動かす能力を高めることであり、それは脳で学習される。歯の萌出状態とのかかわりについては、歯には筋肉はついていないので、運動器としては従属的となる。

人の発達を考える

人の発達を考えるベースとしては常に、人間進化生態学と脳科学(神経科学)を統合して考えるべきである。人間進化生態学的な発達は動物学的、人類学的な進化の過程が基本になり、順序性がある。脳科学的な発達とは知性を育てることであり、言語的知性、絵画的知性、身体運動的知性など8つに分類されており、これらは並列しており階層的に発達し、臨界期(感受性期)がある。咀嚼器官の発達は身体運動的知性に属する。そこで、食べる機能の発達を進化生態学的に考えると、人の運動機能の中では最も早く発達し、哺乳から始まり、咀嚼につながる。また、手に持って食物を口に運んで食べるのが霊長類の基本なので、手の発達と関係が深い。したがって、手を上手に動かせるためには、お座りができることが必要になる。

リハビリとキャッチアップについて

発達を考えるとき、リハビリとキャッチアップの違いを頭に入れておく必要がある。(図1)。発達の遅れが感受性期を過ぎてしまうと、それを引き上げるのは、リハビリによる再学習より困難であることが多い。すなわち、適切な時期(感受性期)に適切な環境を整えることが一番労力が少ない。


▲画像をクリックすると拡大表示します。

哺乳について

乳房哺乳は図2のように、乳首をすき間なく取り込んだ後、下顎の上下運動(噛んでいる)と舌の蠕動運動で乳汁を絞り出す。決して吸引はしていない。図3は乳房哺乳児とほ乳瓶哺乳児のほ乳瓶における哺乳時の咀嚼筋の筋電図とほ乳瓶内圧の変化である。哺乳瓶哺乳では筋活動が少なく、吸引していることがわかる。舌尖の位置は咬合や発音に影響を及ぼすが(正常な舌尖の位置は口蓋前方部に接触する)、乳房哺乳では舌尖は乳首を介して口蓋に押しつけるように運動するのに対し、吸引型のほ乳瓶哺乳では舌尖が下顎前歯の舌側に付くようになる(ストローで吸うように口を動かしてみるとよくわかる)。


▲画像をクリックすると拡大表示します。


▲画像をクリックすると拡大表示します。



▲画像をクリックすると拡大表示します。

哺乳指導

哺乳は当然母乳(乳房)哺乳に優ものはない。そのため個々に応じた母乳育児支援が必要である(ユニセフ、WHOの「母乳育児を成功させるための10か条」など参考になる)。しかし、母乳育児ができないときは、ほ乳瓶哺乳になるが、乳首は咬合型乳首(例:ビーンスターク)の選択が次善の策となる。

離乳指導

動物学的に離乳とは親と同じものが食べられるようになることで、離乳期とは母乳と親が食べているものの両方を食べている時期のことである。したがって、子どもだけが食べる離乳食は必要ない。1980年代の社会問題になった以降、厚生省は「離乳の基本」を策定した。しかし、それを主体に離乳指導するようになって、口の機能が上がっているかと言えば、逆で、口の機能低下の象徴とも言える不正咬合は増加している。2007年に「離乳の進め方の目安」で新しいガイドラインが発表されたが、歯の萌出に合わせて調理形態を変えるという根本的な点では変わっていない。
 離乳開始の目安は、首がすわっていること、支えがあれば安定して座れる、食べ物を目で追い、欲しそうにし、生後7か月を過ぎていることである(WHOも満6か月は母乳のみを推奨している)。開始1〜2か月で便の調子を見ながら回数、量を増やす。ご飯やみそ汁、野菜の煮物など、ご飯をつぶした程度の硬さから始める。まだ栄養は母乳(ミルク)で摂っている。大切なことは家族みんなで一緒に食事をし、お母さんが向き合って孤食(一人で食事)にしない。手に持って食べたそうにすれば、極力持たせる。ハイハイをして、自分でお座りができるようになると、姿勢が良くなり口の機能も相当に上がってくるので、窒息や誤嚥はまず起きない。手が自由に動かせるので、自分で食べようとする意欲が上がる。したがって、手づかみ食べを積極的にさせるようにする。食品は親と同じものを同じサイズにどんどん近づける。この時期は通常「目が離せない時期」で、落ちているものは何でも口にするように、食品も口に入れてやればほとんど拒否せず、何とか食べようと努力する。つまり咀嚼の学習期で、味や硬さ、大きさ、性状などを記憶させることができる。図4は各種食品が食べられるようになる年齢の図である。1歳までに4人に1人は、大人と同じサイズのほうれん草のおひたしやキャベツ炒めを食べている。

食習慣の確立

1歳2ヶ月前後になると徐々に、好き嫌い(選り好み)を始める。これは当然のことで、自我が確立し始めたことで、賢くなってきた証拠である。しかし、「目が離せない時期」に覚えた食の情報は覚えており、本来食べられないはずはない。この「食べる・食べない」の戦いは、親が常に勝利する必要がある。ここで負けたお母さんの決まり文句が、「うちの子は食べてくれない」であり、「食べてもらう」と言うようになり、子どもの方が上にたってしまう。家庭内での上下関係が逆転してしまうので、これでは2歳以降の本格的な「しつけ」がうまくできるはずはない。2歳前後の言葉を話し始めるまでは、家庭の生活リズムを確立して、大人の食事を毎食きちんと食べさせること、「食べなければ食べなくてもいいよ、そのかわり、他のものはないよ」と言える姿勢を貫くことです。これができて、初めて子どもの躾ができると考える。

おわりに

食生活指導を行っていると、単に食べられるようにするという事ではなく、子どもをきちんと育てるという視点が欠かせない。先人の「食事の始まりは躾の始まり」という言葉をかみしめている。